東京地方裁判所 平成5年(行ウ)30号 判決
原告
株式会社東洋シート
右代表者代表取締役
伊藤豊
右訴訟代理人弁護士
中町誠
被告
中央労働委員会
右代表者会長
萩澤清彦
右指定代理人
北川俊夫
同
鈴木重信
同
平澤守
同
小林昇
同
江木眞
被告補助参加人
全国金属機械労働組合
右代表者中央執行委員長
橋村良夫
右訴訟代理人弁護士
鴨田哲郎
同
山田延廣
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が中労委昭和五五年(不再)第六一号事件につき平成四年一二月一六日付けでなした命令を取消す。
第二事案の概要
原告には、かって原告の従業員によって組織された労働組合として全国単一組織体である被告補助参加人(以下「補助参加人」という。)の下部組織としての支部が存在し、原告も同支部を労働組合として遇し、同支部との間で団体交渉等の対応関係を維持してきたところ、この支部所属組合員の大多数が補助参加人の運動方針をめぐっての不満等から集団脱退し別名の組合を組織して独自の組合活動を展開するようになって今日に至っている。他方、右脱退に反対した少数の組合員は右支部に残留して自らが支部の正統な継承者であると主張して独自の組合活動を展開している(なお、右集団脱退による別名の組合が組織されるまでの支部を便宜上「旧支部」と称し、これ以後の支部を単に「支部」と称することとする。)。
ところが、原告は、原告には支部は存在しないとしてこれを無視し、右集団脱退した従業員によって組織されている組合こそが原告における唯一の組合であるとして対応し、そして、支部所属組合ら(ママ)が原告の要求する念書の提出をしなかったことを理由に同組合員らに年度末一時金の支給をしなかった。
そこで、補助参加人は、右不支給は不当労働行為であるとして地方労働委員会に救済命令の申立てをしたところ、同委員会はこれを認めて救済命令を発したので、原告は、これを不服として被告に再審査の申立てをしたところ、被告はこの申立てを棄却した。
本件は、原告が被告に対し、右棄却命令の取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実(但し、一部認定事実を含む。)等
1 当事者関係等
(一) 原告は、肩書地に本店を置き、送達先に広島工場を、兵庫県伊丹市に伊丹工場を各有し、自動車用のシート等の製造販売業を営んでおり、従業員数は昭和五四年一〇月当時は約四〇〇名であった。
(二) 補助参加人は、全国の金属機械産業の労働者で組織された労働組合で、その組合員数は昭和五四年当時は約二〇万名であった(〈証拠略〉)。
なお、補助参加人は、かって「日本労働組合総評議会全国金属労働組合」と称していたが、平成元年に開催された第六四回定期全国大会において、組織合併に伴い、現在の名称(以下「全金」という。)に変更した(〈証拠略〉)。
(三) 原告には、後記認定のとおり、かって原告の従業員によって組織された労働組合として補助参加人の支部組織である旧支部(名称は「全金兵庫地方本部東洋シート支部」と称していた。)が存在したが、昭和五四年四月に全金から脱退した旧支部所属組合員によって組織され、同年五月八日に開催された臨時大会で結成された東洋シート労働組合(以下「東洋シート労組」という。)が存在するに至り、この組合が前述した別名の組合である。そして、同労組は原告の従業員の圧倒的多数をもって組織されている。
他方、後記認定のとおり、右脱退に反対した少数の旧支部所属組合員は依然として自らが旧支部の正当な継承者であると主張して独自の組合活動を展開しており、これが前述した支部である。
このように原告には支部と東洋シート労組とが存在しており、このような状況下にあって原告は、旧支部と同一性を有するのは東洋シート労組であるとし、原告には支部は存在しないとしてこの存在自体を認めていない。
2 昭和五四年度年末一時金の不支給
(一) 補助参加人、全金広島地本及び支部は原告に対し、昭和五四年一一月一二日、三者連名で、同年度年末一時金(基準内賃金プラス家族手当の三・五か月分)の要求書を提出した。これに対し、原告は、同月二〇日、現在支部執行委員長をしている一色邦男個人宛に、「当社には全金東洋シート支部なる組合が存在しない以上、貴殿の要求に対しては回答の限りではありません」と文書で回答した。
(二) 支部は原告に対し、同年一一月二五日と同年一二月四日の二回に亘り、同年度年末一時金についての団体交渉の開催を申し入れたが、原告は一色邦男に対し、すでに右一一月二〇日の文書で明らかにしたとおりの理由で団体交渉の開催には応じられない旨の回答をそれぞれした。
(三) 他方、原告は、同月二八日、東洋シート労組との間で、同年度年末一時金について、基準内賃金プラス家族手当の二・五三四七か月分で合意に達し、同年一二月八日、支部に属する一色邦男、福本徳人、辰巳嘉兵衛、北原俊胤、空健次郎、対島収、松坂茂美、沢田義雄、松尾辰美、藤田宏明及び藤原樹の一一名(以下「一色ら一一名」という。)を除く全従業員に右一時金を支給した。
(四) そして、原告は一色ら一一名に対し、同年度夏季一時金支給の場合と同様に、「会社の支給額に同意し、ここに異議なく受領する。」との念書の提出を求めた。これに対し、同人らが念書の提出を拒否したところ、原告は、同年度年末一時金を支給しなかった。
(五) そこで、一色ら一一名は、広島地方裁判所に同年度年末一時金の支払を求める仮処分申請を行い、同裁判所は昭和五五年三月三日、同人らに対し、右年末一時金の一部をそれぞれ仮に支払うことを原告に命じ、原告はこれを支払った。
(六) そして、原告は一色ら一一名に対し、昭和六三年三月八日、一時金等請求本案訴訟事件の広島地方裁判所の判決に従い、認容額と仮払額との差額及びこれに対する昭和五五年六月二一日から年五分の割合による遅延損害金とを支払ったが、右一時金の支払い義務はないとの立場を崩さず、右支払はあくまで「留保付」のものであるとして上訴中である。
なお、原告は、一時金の支払に当たって前述のような「会社の支払い額に同意し、ここに異議なく受領する」との念書の提出を求める方式を昭和六〇年以降廃止し、昭和六一年の冬季一時金からはその都度補助参加人と団体交渉の上、その妥結によって支給するようになった。
3 本件命令の存在
補助参加人は、東京都地方労働委員会に対し、昭和五五年一月二四日、原告は支部が存在しているにもかかわらずこれが存在しないとし、昭和五四年度年末一時金についての団体交渉にも応ぜず、一色ら一一名に対し念書の提出を求め、同人らがこれを拒否したことを理由に右年末一時金を支給しなかったことは不利益取扱いであるとして不当労働行為の救済命令の申立てをした(都労委昭和五五年(不)第四号)。
これに対し、同委員会は、同年九月二日、原告は一色ら一一名に対し、昭和五四年度年末一時金を他の従業員と同内容で支払うべき旨等の救済命令を発したが、これを不服とした原告は被告に対し、再審査の申立てをなした(中労委昭和五五年(不再)第六一号)。しかし、被告は、平成四年一二月一六日付けで、別紙(略)のとおり右申立てを棄却する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発し、右命令書の写しは平成五年一月八日、原告に交付された。
二 争点
原告が一色ら一一名に対して昭和五四年度年末一時金について団体交渉を拒否し、念書の提出を求め、同人らがこれを拒否したことを理由に右年末一時金の支給をしなかったことが不当労働行為(不利益取扱)に当たるか否かにあるが、この根底には原告が支部の存在、すなわち、支部と東洋シート労組との併存を認めるか否かにある。
(原告の主張)
原告には不当労働行為意思はなかった。
原告は、昭和五四年四月、当時存在していた唯一の組合である旧支部の執行委員長名で、旧支部が補助参加人から脱退した旨の申し入れ書を受け取ったので、右脱退の効力について明白に違法であることが明らかではなかったので一応有効なものとして扱わざるを得なかった。このことは、使用者の組合内部事項不介入、不可侵の原則を援用するまでもなく当然の理だからである。しかるに本件では、補助参加人からの脱退に反対する者が一部存在し、これらは、自らこそが旧支部の正当な継承者であると主張して、これ以後東洋シート労組と組合財産、組合事務所の占有権原等をめぐって係争という事態に発展するのである。
そして、一色らは原告に対し、両者の団体に対し中立であるべきであるとして団体交渉等を求めてきた。この論は、換言すれば、使用者は組合の少数派に対しても、組合多数派同様の対応をすべきであるとの主張に帰着する。しかし、右主張は、組合運営の根幹を否定する極めて不当な主張である。一般に労働組合は、その組合が民主的であればあるほど、多数派と少数派、主流派と反主流派、賛成派と反対派とが常に形を変えて存在し、運動方針等をめぐって互いに健全な対立や論争を繰り広げているのが実状なのである。そして、右論争、対立の中からおのずから組合として唯一の方針が多数決原理に則って決定されていくのである。本件においても既に、賛成者、反対者の討議等を経て圧倒的多数の賛成をもって組合として全金脱退の決議がなされているのである。この決議が厳然と存在するにもかかわらず、使用者が右決議の反対派(しかも当時わずか一一名の少数派)の立場をも尊重しなければならないとするのは、まさに組合運営の根幹ともいえる組合民主主義と多数決原理そのものの否定を意味するといっても過言ではない。使用者は、組合内部の対立の中から集約された唯一の結果のみを尊重すべきであり、集約のプロセスに徒に関与したり、プロセス中で生じた少数派の意見に耳を傾けるなどということは断じてしてはならないのである。
さらに、右立論は、従来の労働協約等の扱いや帰趨について考えても極めて不都合な結果が生ずることは明らかである。
すなわち、多数派、少数派いずれの集団をも訴訟等で正当性の最終決着がつくまで従来の組合と別な集団として扱うということは、従来の労働協約の効力の暫定的な停止を意味する。これは組合側にとっても、従来供与を受けていたチェック・オフ、組合事務所の提供、掲示板の利用等もろもろの利益が、少数派が存在するが故に一時棚上げされてしまい、組合内部の争いの上に更に新しいダメージを受けることになりかねず、到底支持される議論とはなり得ない。また、このようなことが許されることになれば、組合を嫌悪する使用者は、中立性に名を借りてしばしば組合内部の多数派、少数派の紛争に藉口しかねない。さりとて、逆に使用者に暫定的に二重の便宜を供与しなければならないとするのも、そもそも協約なくして何らの便宜供与義務を負っていない使用者に不当な負担を強いるものであり、かつ労組法七条で禁止する経費援助に抵触しかねず、到底通用する議論ではない。
そうだとすれば、本件において原告がとった措置(すなわち、従来の執行委員長が代表者として正式に文書で通告した内容を一応有効なものとして扱うというもの)は、あらゆる面から考えても、妥当かつ正当なもので論難されるいわれはない。原告は、一色らの集団が主張するような決議方法の不備、決議内容の無効について独自に調査判断する能力も義務もない(逆に独自に調査することは、組合の内部不当介入による不当労働行為である。)のであるから、従来の支部執行委員長が該組合の代表者として正式に通知してきた内容を有効なものと信頼して行動することは、正当極まる対応であり、当時他に正当な選択があったとは思われない。しかも、一色らの集団に対しても全くこれを無視することなく、新組合結成という趣旨ならば、結成通知さえ出せば団体交渉等の対処をするという極めて柔軟な態度に終始したのである。本件一時金の場面でも一時金まで不利益とならないよう、「会社の支給額に同意し、ここに異議なく受領する。」との念書を徴して他の従業員と同一内容で支給しようと試みたのである。しかるに、一色らの対応は、自らに正当性があるのだから、使用者も当然団体交渉に応じ、更には従来の協約を履行すべき義務があるとの一点張りにすぎなかった。これでは中立性のジレンマに苦しみ、極めて慎重な態度をとってきた原告としても到底応じうるものではない。
以上のとおり、一色らに対する原告の対応には十分な正当性があったことは明らかであって、これらの対応を不当労働行為と認定した本件命令は労組法七条の解釈とその適用を誤った違法があることが明白である。
第三争点に対する判断
当裁判所は、本件命令には原告主張の違法な点はなく、適法であると判断する。
以下右理由について述べる。
一 支部の継承者(旧支部と支部との同一性の有無)問題について
1 旧支部からの集団脱退と東洋シート労組組織化の経緯
証拠(〈証拠略〉)によると、次の事実を認めることができる。
(一) 旧支部は、昭和三八年一〇月に原告の従業員によって結成された労働組合であり、広島工場に広島分会を、伊丹工場に伊丹分会をそれぞれ組織し、そして、全金及びこの下部組織である全金兵庫地方本部(以下「全金兵庫地本」という。)の指導の下に活動してきた。
なお、右各分会には、それぞれ役員、執行委員がおり、各分会毎に組合大会が開催されていた。
(二) ところが、旧支部所属組合員のうちで、昭和五三年ころから旧支部執行部及び全金の指導方針に批判を抱く組合員が漸増し、このようなことから昭和五四年一月には広島分会において執行部役員、執行委員が総辞職し、改選されるという事態に発展したこともあった。そして、同年四月一八日から翌一九日にかけて主任、組長、班長ら四三名を含む七五名の従業員は(ママ)発起人となって、全金を脱退し新組合を設立することが最良の道であると確信する旨の記載された「趣意書」と題する書面を旧支部所属組合員らに配布して署名を求め、広島及び伊丹各工場の旧支部所属組合員約三四一名のうち約三三一名から右の署名を集め、そして、右発起人代表者は、広島分会執行委員長吉田定雄(以下「吉田広島分会長」という。)に対し、同月二〇日午前一〇時ころ、右署名簿を添え、全金を脱退することを議題とする広島分会臨時大会を招集することを請求した。これを受けた同分会長は、直ちに旧支部執行委員長山下稔(以下「山下支部長」という。)と連絡の上、広島分会執行委員会を開催し、同委員会は、同日午後零時一五分から昼食休憩時間を利用して右臨時大会を開催することを決定し、引続いて開催された代議員会においても同旨の決定がされた。
ところで、旧支部の組合規約一二条は、「大会を招集するには執行委員長は開催の一週間前までに議題その他必要な事項を組合員に告示すると共に、大会運営委員に通知しなければならない。但し、緊急やむを得ない場合はこの限りでない。」と定めているところ、吉田広島分会長は、右臨時大会開催は右但書にいう「緊急やむを得ない場合」に該当するものと判断して、その招集手続をとることとしたのであり、次いで、同日午後零時一五分から昼食休憩時間を利用し、広島工場構内の検査係前広場において、全金脱退の可否を議題とする臨時大会を開催する旨の招集をなし、その告示手続は、右代議員会において決議されたところに従い各代議員が各組合員に口頭で告知した。
このようにして同日午後零時二〇分ころから所属組合員約三一九名のうち約二二〇名が出席して右臨時大会(以下「本件大会」という。)が開催され、右議題について約一五分間質疑応答がなされ、このなかで一〇数名の組合員が職場討議にかけるべきであるなどの反対意見を述べたが、議長は質疑を打切り、まず拍手による採決をしたが賛成者の数が確定できなかったため、再度起立採決をなし、多数の者が起立したため、議長が全金脱退が可決された旨を宣し、本件大会は終了した。
(三) 他方、伊丹分会においても同月二一日、伊丹分会臨時組合大会が開催され、同分会所属組合員全員の賛成をもって、全金脱退決議がなされ、以上の経緯を踏まえ、同月二三日、旧支部執行委員会において、右各分会の脱退決議に基づき、全金脱退の決議がなされ、そこで、山下支部長は同日全金兵庫地本に対しては、同委員長名で全金を脱退する旨を通知するとともに、原告に対しては、同月二〇日と二一日の大会において全金を脱退することに決定した旨を全金兵庫地本執行委員長宛に申入れしたことを通知するとともに、今後支部は全金とは一切関係がないことを知らせる旨の申し入れをなした。そして、山下支部長は、同年五月八日と翌九日の二日間にわたり、広島工場において、右全金から脱退することに賛成した組合員約二三八名の出席を得たうえで臨時組合大会を開催し、所要の規約改正、名称を東洋シート労組に変更することなどを決議し、同労組は、以後全金の指導を離れた別個の組合活動を展開して今日に至っている。
(四) 他方、全金兵庫地本は原告に対し、同年四月二三日、文書で組合脱退問題を議題とする団体交渉の開催を申し入れたが、これに対し原告は、同月二四日、今般原告に対し東洋シート労組(旧支部)から全金を脱退した旨の通知があったので全金兵庫地本は当事者資格がないなどとしてこれを拒否し、また、同地本は、同年五月一日、山下支部長らかっての旧支部執行委員全員を全金本部規約に反し脱退活動を行ったことを理由に、統制処分として六か月間の権利停止処分に付し、同月四日、前記一色邦男を支部執行委員長代行に指名するとともに、同人に対し直ちに臨時組合大会を開催して支部執行委員を選出し、組合機能の回復に努力するように指示した。そこで、一色邦男は、同月七日、全金脱退決議に反対した一一名の組合員の出席をえて広島分会臨時組合大会を開催し、同大会において執行委員長に一色邦男(以下「一色委員長」という。)を選出したほか、各役員、執行委員を選出し、そこで、全金兵庫地本は原告に対し、同日付けで、今後は一色らの新執行委員会が支部を代表する旨を通知した。
なお、支部は、新執行委員を選出し、全金兵庫地本に報告した時点では、所属組合員数は一四名であり、その後、オルグ活動等により組合員が復帰し、約七〇名に回復したものの、伊丹分会には組合員が存在しなくなったため、全金兵庫地本の統制下から全金広島地本の統制下に移行し、独自の組合活動を展開するようになって今日に至っており、このような経緯から支部は旧支部の正当な継承者であると主張している。
2 支部の正当な継承者について
旧支部の組合規約(〈証拠略〉)は、「本部執行委員会規約」と「組合規約」とから成り立っており、そして、右組合規約によると、広島分会、伊丹分会を通じた組合大会、執行委員会、代議員会、執行委員長などの役員、執行委員、代議員についての定めがあり(六条、一三条、二二条)、組合大会が最高の決議機関であると定めている(七条)が、他方、本部執行委員会規約には本部の執行委員会が支部の最高の議決及び執行の機関であると定めており(六条)、両規定の関係についての定めはない。
広島及び伊丹各分会の議決及び執行機関などに関しての規約は存在しないが、慣例として右全体を通じた規約を各分会にも類推適用ないし準用すべきものとして運用されてきており、各分会長をその執行委員長と呼んでいた(〈証拠略〉)。
旧支部の執行委員会は、両分会の各執行委員長、副執行委員長、書記長及び広島分会執行委員四名で構成され、両分会の決議を基礎として議決し、これに基づき執行しており、更に全体を通じた大会を開催しないのが通例であった(〈証拠略〉)。
そこで、吉田広島分会長のした本件大会招集手続が前記旧支部の組合規約一二条但書にいう「緊急やむを得ない場合」に当たるとして一週間の告示期間を置かないでされた全金脱退決議の効力について検討する。
右旧支部の組合規約一二条本文の趣旨は、大会における議題等必要な事項を事前に組合員に告知するばかりでなく、これを周知徹底し、その議題等に関して十分に検討する機会を与える趣旨で定められたものと解すべきところ、旧支部が上部の所属団体から脱退するか否かという議題は、旧支部の運営に関する最も重要で基本的な問題であり、そのいずれに所属するかは組合員個人の身分、今後の経済闘争の結果等に多大な影響を及ぼすことが予測されるから、通常の場合以上に、組合員にその準備をする十分な時間的余裕を与え慎重に考慮するための期間を確保すべきであったのであり、そのためには、規約に定めた一週間の告示期間を厳守し、手続の公正を確保することが支部の民主的運営の基本であるといわなければならない。このような議題の性質上、吉田広島分会長としては右規約同条本文の招集手続をとるべきであったのであり、簡易な方法である同条但書の緊急やむを得ない場合としてその招集手続をすべきではなかったい(ママ)える。まして、本件大会においては前記認定のとおり全金脱退に反対の者が存したのであるから、十分に考慮する期間を確保することが右規約の趣旨に沿うものである。そうであれば、本件大会の招集に際し緊急やむを得ない事情があるとは認められず、吉田広島分会長が同条但書に基づいてした本件大会の招集手続は同分会長の裁量権の範囲を超えるから、本件大会における全金脱退決議はその効力を有しないというべきである。
そうすると、前記認定のとおり、旧支部執行委員会において全金を脱退する旨の決議をし、その執行として山下支部長が全金兵庫地本に対して旧支部としての脱退届をなしているが、右執行部の決議は本件大会の全金脱退の決議に基づいてなされたから、本件大会の決議がその効力を有しないので、右本部執行部の決議もまたその効力を有せず、その決議の執行として山下支部長が全金兵庫地本に対して旧支部の名においてした脱退届もその効力を生じないというべきである。
もっとも、前記認定の事実によると、全金脱退決議に賛成した者は個人の資格において集団的に全金を脱退する意思をも有していたと推認することができ、執行部、さらには全金兵庫地本に対する通知も右趣旨を含んでいたものと認めることができ、以上の事実に、(証拠略)の全金規約六二条(「この組合に加入しようとする者は各自所定の申込書に加入金を添えて、中央執行委員長あて申込まなければならない。」)、六四条(「この組合から脱退しようとする者は、所定の脱退届にその理由を明記し、各所属機関を通じて中央執行委員長に申出て中央執行委員会の承認を得なければならない。」)、全金兵庫地本規約(当裁判所平成七年六月八日判決言渡平成五年(行ウ)第二九号不当労働行為救済命令取消請求事件判決理由参照)三三条(「兵庫県地方における金属機械産業の労働者が個人または工場、事業所もしくは地域単位に全金に加入しようとするときは、所定の申込書に必要事項を記載し、中央本部規約六二条に規定する加入金と組合費一か月分をそえ、この地方本部をへて、中央執行委員長あてに申込むものとする。」)、三四条(「組合員が、全金から脱退しようとするときは、所定の脱退届にその理由を明記し、所属支部から地方本部をへて中央執行委員長宛てに申し出なければならない。」)の各規定は、団体脱退の可否はさておき、組合員が個人の資格でこれを脱退することができる趣旨と解されるので、このことから考えて、右全金脱退決議賛成者らはすべてそのころ個人として全金に所属する旧支部から脱退したものということができる。
したがって、東洋シート労組は、右脱退者らが脱退後に旧支部とは全く無関係な組合として新たに結成された労働組合であって、旧支部とは同一性がない。他方、昭和五四年五月八日ころの時点では前記一色ら一四名が支部に残留し、支部を称するに至ったと見ることができるので、支部が旧支部を維持し又は継承しこれと同一性を有するということができる。
二 不当労働行為の成否
以上によれば、支部は、旧支部の正当な継承者であり、東洋シート労組とは全く別個の労働組合である。
原告は、昭和五四年四月に旧支部執行委員長名の旧支部の全金からの脱退申し入れを受け取ったことを理由に、旧支部の正当な継承者は東洋シート労組で支部所属組合員は同労組の少数派に過ぎない旨の主張をするが、原告の職制が東洋シート労組が結成された過程で旧支部所属組合員らに対し旧支部からの脱退從慂行為をなしたのであり(当裁判所平成七年六月八日判決言渡平成五年(行ウ)第二九号不当労働行為救済命令取消請求事件判決理由参照)、全金兵庫地本からも同月二三日に文書で組合脱退問題についての団体交渉の開催の申し入れを受け、同年五月七日には一色らの執行委員会が支部を代表する旨の通知を受けていたというのであるから、東洋シート労組が結成された時点において支部が存在し、二つの労働組合が併存するに至ったことを知っていたものと推認できる。そうすると、原告としては、旧支部の正当な継承者問題に立入る必要はなく、支部に対しても東洋シート労組に対すると同様に対応すべきであったのである。
原告は、支部所属組合員らを東洋シート労組内の少数派、反対派と位置付けて被告の認定・判断を非難しているが、このことは原告の支部の存在を認めないための前提を誤った独自の見解によるものであって、到底採用できない。
以上のとおりであるから、原告が支部の存在を否定して昭和五四年度年末一時金についての団体交渉を拒否し、一色ら一一名に対し念書の提出を求め、同人らがこれを拒否したことを理由に右一時金の支給をしなかったことは同人らが支部所属組合員であることを理由とした不当労働行為(不利益取扱)であることは明らかである。
なお、右一時金は、前記認定のとおり広島地方裁判所の判決に従って既に支払われているが、原告は、これについて留保付きのものであるとして上訴中であり、同一時金支払義務は存在しないという立場を取っており、同一時金についての紛争が完全に解決したとはいえないから、本件初審命令主文第一項を履行したということはできず、同項を維持することが相当である。
また、原告は、前記認定のとおり、念書の提出を求める方式を廃止し、昭和六一年度の冬季一時金からはその都度補助参加人との団体交渉によって支給するようになっているが、右事件について上訴中であること及び本件審理においても支部の存在を認めない態度に終始していること等の事情を考慮すると、今後も同種の不当労働行為が繰り返される虞れがないとはいえないと考えられるので、文書の交付を命じた初審命令主文第二項についてもこれを維持することが相当である。
(裁判長裁判官 林豊 裁判官 合田智子 裁判官 蓮井俊治)